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いこの読了本備忘録。

読んだ本の覚え書き、みたいな。キャラクター小説多め。

こひすてふ

 

こひすてふ (メディアワークス文庫)

こひすてふ (メディアワークス文庫)

 

 

2016/10/03読了。

作者さまが、この作品の後書きで「読書をしていて、ふと自分の意識から周囲の情報が消えて、活字だけが世界の全てになってしまうような本に出会えることは幸せ」だと、そう仰っていましたが、まさに自分にとって、この本がその幸せを感じられる本となりました。


作品の世界に入り込みすぎると、本当に周囲の情報が消え失せますね。
学生時代に自分もそれで電車を乗り過ごしそうになったことがあります。
今回は職場の昼休み中のことだったので、流石に乗り過ごしはなかったですが、暫く仕事に集中できないほどでありました。
世界観も、ストーリーも、キャラクターも、主人公の一人称で進む文章も、こんなに自分の好みにマッチする作品に出会えるとは、確かに幸せである。

 

昔は神童と言われ、今ではすっかりその才をなくし、ただのひねくれ少女となってしまった主人公の紀伊
憧れの人と喧嘩してしまったその日、彼女は平安時代にタイムスリップしてしまう。
その先で出会った人物は、三十六歌仙壬生忠見
しかし、紀伊は知っていた、彼が1年以内に、歌合に負けた悔しさから悶死することを。

 

この先起こることを知っているからこそ、自分が元の時代に帰るよりも、恋した人の未来を変えようと抗う少女の物語。
話は終始、彼女の一人称の文章で続きますが、これがまたクライマックスのシーンでいい形で活きてきます。
あのシーンは本当に物凄い疾走感と迫力と感情の波で溺れそうになりました。
最高のクライマックスだった。
この一人称の文章、クライマックス以外でも、随所でまたいい塩梅でツッコミを入れてくれるのが小気味よく、その点も自分としては高ポイント。

 

女子高生にしては、憧れの人との会話のお陰で、多少はこの時代の歌を知っており(自作できるほどではないが、女子高生にあるまじき知識量ではある)かつて神童と呼ばれていたほどの絵の腕前のお陰で、平安時代でも何とか居場所を手に入れることもできているので、そう言う意味でチート系主人公と言えなくもない。
でも、一見チートだろうと思えるこれらのことが、結局は彼女の助けになっているかというと、そうでもないという。
彼女は決して万能ではないので。


寧ろ、努力して、努力して、彼のために何とかしようともがいて、最後に結局選択肢を間違えて彼を失い、そして絶望し、何とかやり直そうと足掻いて、どうにか掴んだ最後の希望をたぐり寄せて、束の間の奇跡を経て、彼女はほんの少しだけ未来を変えます。
これは決してチート能力を持つ主人公が無双する話ではありません。
非常に泥臭い話です。
そこが、たまらなくいい。

 

対するヒーローの壬生忠見
ちょっと肺の弱い、初対面の紀伊にアイアンクローをかますとんでもないヒーローですが、歌に関して非常に真摯。
普通の女性と全く違う紀伊に最初は反目し合いながらも惹かれていく───

 

この彼と紀伊の共同作業とも言うべきシーンがいくつか出てくるのですが、それがどれも本当に素敵。
壬生が詠み上げた歌から想起された光景を紀伊が描くシーンも感嘆ものだし、特に胸を打たれたのは、友達になってくれた姫にとりついた鬼を祓うシーン。
こんなことで死んではだめと、紀伊与謝野晶子の「君死にたまふことなかれ」を暗唱し、壬生がそこから想起される歌を次々詠み上げていく場面が本当に涙が出るほど胸にきました。
壬生が詠み上げる度に「君死にたもうことなかれ」と繰り返し言うのが、もうたまらない。
何でしょう、この作品に出てくる歌は、逐一自分の琴線に触れて仕方なかったです。
こんなに歌に力があったのかと思ってしまうほど。

 

そして、この2人の最後の共同作業が、件の歌合での場面。
ここでタイトルの「こひすてふ」が本領発揮をします。
前述してましたが、この場面で紀伊の一人称で描かれてきた物語が最高のクライマックスを迎えます。
繰り返し「恋してます。」を連ねる見開き1ページの感情の羅列。
これはもう暴力的までの力を持っていました。
久々です、文章で圧倒されたの。
こんなに感情が揺さぶられたの。
舐めてました、この作品の中では、確かに歌にも文章にも命が宿っているかのようでした。

 

結局、彼女は壬生に気持ちは伝えた(ような)ものの、現代に帰ってきます。
そして、最後の最後で訪れた出会い。
彼女がほんの少しだけ変えた世界で出会ったのは───
この時の開口一番が「それで、あの歌の返事は?」だといいなと、つい夢想してしまう、いい終わり方でした。
ほんの少しでいいから、後日談読んでみたいなあ。

 

いつになく長々書いてしまいましたが、とにかく自分にとっては本当に久し振りに心揺さぶられる作品でした。
いや、もう本当にいい出会いだった。
読み終わって何時間も経つのに、未だに胸一杯なので。
この素敵な出会いに、心から感謝を。